5.身体に病気があるのですか?

 

心身医学的に考えるトレーニング

ストレス病という理解

◆心身相関


 「餓死はしない、逮捕もされない、でも不安です」という場合は、さまざまな身体的な症状あり、それで不安になっているのかもしれません。

 しかし、診察を受けて、病気があればそれは困りますが、明らかな病気がない場合は、いかにたくさんの症状があっても身体的な病気はないのです。

 それも「実体のない不安」です。明らかな病気がないのに、たくさんの症状が出るというのは、不思議に思われるでしょうが、決して不思議ではありません。それは、心身相関を理解していないことが原因です。 ですから、ここでは、心身相関を理解し、心身医学的に考えることができるようになりましょう。

 私たちの身体は、60兆個という途方もない細胞からできています。一つ一つの細胞や臓器が勝手に動けば生命が無くなります。そのため、全体として調和しながら働いてくれるように、いろいろなシステムがあります。

 その代表的なものが、自律神経系です。血圧、心臓、体温、呼吸、胃腸系などをコントロールしています。それから、内分泌ホルモン系があります。甲状腺ホルモン、 副腎皮質ホルモン、性ホルモン、成長ホルモン、いろいろなホルモンをコントロールしています。


 さらに、免疫系があります。傷口が膿みやすいかどうか、風邪をひきやすいかどうかなどに関係しています。それから最近では、がんとの関係が注目されています。

 このような生命を維持するシステムの上に本能が載っているのが動物です。さらに、その上に心が載っているの人間です。ですから、心と自律神経系、内分泌ホルモン系、免疫系は一体となって動いています。これを心身相関といいます。

 「心と身体はひとつだ、心技一体だ」と日本ではよく言いますが、医学的に言えば、心身相関ということです。そして、心身相関から病気を考えていこうとするのが心身医学です。

 この瞬間も、全く完全に一体となって動いています。ちょとカァーとしたら、血圧が上がる、脈拍が速くなる、身体が熱くなる。「これから、さあ自己紹介をして頂きましょう」と言われると、ドキッとしますね。

 直接身体に衝撃を受けたのではなく、これから自己紹介をしないといけないと頭の中で思っただけで、このように心理的なものがすぐ自律神経系を伝って身体に反映されます。これはむしろ当り前のことです。

 ですからストレスがあると血圧が上がり、心臓では不整脈や心筋梗塞が起きる、あるいは喘息が起きる、胃や十二指腸の潰瘍が起きる、過敏性大腸症候群が起きます。


 ストレスはまた、内分泌ホルモン系を撹乱します。バセドウ病があれば悪化する。副腎も刺激する。ここからは先程の自律神経系とともに血糖を上げるホルモンがでるので、糖尿病がある方だったら糖尿病が悪化する。

 また不安が続くと女の方では性ホルモンにも影響がおき、生理が狂ったり、無くなったりする。ということで、自律神経系や内分泌ホルモン系と心は完全に一体となって動いています。

 それから心と免疫系です。これは最近、精神・神経・免疫学という長い名前の学問ができ、大変注目を集めている分野です。色々と興味深い事実が、特にがんとの関係で出てきています。大きな悲しみがあった後にはがんになりやすいのではないかと言われています。

 ある研究者は人生の最大の悲しみは、長年連れ添った連れ合いに先立たれることだと考え、その後を調べてみるとがんが多く発生していたという研究を発表しています。
性格との関係では、腹が立つのだがジーと我慢している人、こういう方にがんが多いのではないかと言われています。もし本当だとすると、こういう方は損ですね。我慢はする、がんにはなるというのでは。
 
 では発散している人はどうかというと、自分は健康で、周りにがんの種をまき散らすことになりますから、不公平な感じがします。あるいはがんになっても積極的に生きた方には、経過がいいとか稀には自然治癒があったとかいうことも言われていて、心と免疫系も一体となっているという事実が段々出てきています。

 以上のように、人間は心身一体として存在している、生きているというのが事実であって、心と身体をバラバラにするということの方がむしろ極端で事実に反する考え方です。ですから、ストレスがかかると、自律神経系や内分泌ホルモン系や免疫系に上から爆弾を落としているようなものなのです。

 いかに、栄養を考え運動をしていても、健康にはなれません。昼間はもちろんのことですが、夜も夢を見るので、日夜を通して爆弾が降ってきます。

◆「食べるな、飲むな、吸うな」は禁句です

 心と身体の関係でもう一つ大事なことは、生活習慣です。「食べるな、飲むな、吸うな」とよく言われます。確かに、過食・お酒・タバコを止めれば、殆どの生活習慣病は劇的に改善します。しかし、過食・お酒・タバコは止められません。

 なぜでしょう。その原因はストレスだからではないですか。ストレスを発散するために過食、お酒、煙草が必要なのではありませんか。ストレスが原因で「食べている、飲んでいる、吸っている」、思い当たる事はないですか。

 もっと悲惨なのは、日頃「食べてはいけない、飲んではいけない、吸ってはいけない」と思って頑張っていると、それ自体がストレスです。頑張れば頑張るほどストレスになり、さらにイライラして過食・お酒・タバコが必要になる、という悪循環に落ち込むことでしょう。

 原因がストレスなら、ストレスを解決しないで、「食べるな、飲むな、吸うな」ということは禁句です。ストレスは、このように生活習慣を悪化させています。

◆プラス思考・前向きも逆効果

 ストレスの解決法として、プラス思考や前向きに考えようと言うことがよく言れます。これも問題です。プラス思考や前向きに考えられるのは、まだ身体も心も比較的元気なときです。会社は倒産し、自分は病気になる。子供はいじめで学校へ行けない。そのようにとことん追い詰められたときに、プラス思考はできますか。

 前向きに考えようとしても、何もできない自分を攻めるだけではないでしょうか。まして、歳をとり身体が動かなくなり、最後は死ななければなりません。死に直面してどんなプラス思考があり得るのでしょうか。

 元気な人はサポートする必要はありません。プラス思考もできない人にこそサポートがいるのです。その時に「元気 を出せ」は残酷ではありませんか。「あなたはできるはずだ」とか「皆が期待しているよ」とかいう励ましは、「今のあなたは駄目ですよ」と言っているのと同 じです。崖プチに立っている人の背中を押すことになります。

疲れ果てたときには、決してプラス思考や前向きに考えないでください。また、疲れ果てている人に対しては、決してそれを押しつけないでください。

◆心身医学的に見た病気の成り立ち

 以上のようにストレスは、2つの経路で健康を破壊します。一つは、心身相関を直接悪化させるのと、もう一つはストレスを発散するために、過食やお酒や煙草が必要になり生活習慣が乱れることです。

 この2つの結果として、肥満、高血圧、糖尿病、高脂血症になります。どの病気が出るかは、一人一人遺伝子がちがいますので、高血圧の遺伝因子があれば高血圧が出るし、糖尿病の遺伝因子があれば糖尿病がでます。

 それから、もう一つは年令です。若い時は病気は現れず、肥満や自律神経失調症ですみますが、年齢と共に発病してきます。このように、年令と遺伝因子によって、どういう病気や症状が出るかが決まる。これが心身医学的な病気の理解です。現代病は、ストレス病であるという理解が必要なのです。

 ですから、ストレスがあれば、当然、心身相関が悪化します。さらに、生活習慣も乱れます。それらが、身体症状として現れてくるのには、何の不思議はないのです。今、検診を受けられて、明らかな病気がないのなら、幸いです。ストレスが解決されれば、症状は消えます。

 ですから、今、ストレスを解決すると言うことは、「実体のない不安」が解決されるだけではなく、最高の予防医学、健康医学をしていることになるのです。