人間の存在形態

  • 今日も、心の法則について学んでいきましょう。まず第一は、「人間は、大きな生命の世界の中で、医学的・科学的に生かされていて、衣食住と身の安全を得るために、社会を営んでいる存在です」。社会的存在価値と本当の存在価値とは違います。これは大変大切なことです。心の問題を考える時の原点です。
  • 社会的存在価値を、自分の本当の存在価値と思い込んでいます。それがプライドということですが、その状態では、とことこ追い詰められます。最悪の場合は、生きていけなくなります。社会的存在価値が多少失われても、衣食住と身の安全が多少失われるだけです。諦めることも、絶望する必要もありません。
  • 現代人の私達にとって、一番大事なものは、自分の存在価値です。自分に存在価値を感じられれば、自信を持って明るく生きていけます。一方、それがなければ、自信がなく、暗く、何もできない自分になります。本当の存在価値を得られれば、結果として社会的存在価値も得られます。その逆ではありません。
  • 自分の存在価値は最も重要なものです。存在価値を失えば、生きていくことができません。私たちは2つの存在価値で生きています。社会的存在価値と大きな生命の世界の中で医学的に生かされている事実からくる存在価値です。社会的存在価値は衣食住と身の安全を得るための方法であり、すべてではありません。
  • 人生が行き詰まっても、性格の自分が行き詰まっただけです。仕事や試験に失敗しても、社会的存在価値が少し失われただけです。性格は衣装であり、社会的存在価値は、衣食住と身の安全を得るための方法です。大きな生命の世界によって、医学的・科学的に生かされているあなたは、素晴らしい存在です。 心臓だけが動いても命は保たれません。身体全体の調和が必要です。生きるためには酸素も必要です。地球の調和が必要です。太陽に少し近づけばバーベキューです。遠ざかれば冷凍人間です。宇宙の調和が必要です。3つの調和が揃わなくては生きれません。今生きていることは、不思議で素晴らしいです。 生かされてる医学的事実については、下記の動画を見て下さい。https://youtu.be/Y6RVSKLq6Kg 私達は、自分で生きていると思っています。それは、事実ではありません。しかし社会の常識は、自分で生きているです。それが、慢性的な緊張と存在価値の喪失と心身の不調を起こしています。
  • 私たちは、大きな生命の世界の素晴らしい法則と調和と優しさのなかで生かされています。当たり前でも偶然でもなく、素晴らしい存在です。一方、私たちは、衣食住と身の安全を得るために社会を営んでいます。多少社会的存在価値を失っても、60兆個の細胞の素晴らしい存在であることに変わりありません 高性能の顕微鏡を自由に使えるようになったのは、1800年の中頃以降です。私たちが60兆個の細胞からできている事実を知ったのはごく最近だということです。60兆個の細胞の素晴らしい法則と美しい調和で生かされている医学的事実を見つめていくと、私という存在の不思議さと素晴らしさを感じます 命は無償でもらっていますが、感謝も求められていません。無条件です。夜明け前に、全員起床して感謝すると日が昇る、そのようなことはありません。感謝は、したい人がすれば良いというおおらかな世界です。生かされてる医学的事実の世界は、無償であり無条件です。かぎりなく優しい世界です。 命は、一番大事なものですが、無償でもらっています。病気をしたときには、とっても良くわかります。命が、一番大事です。今も心臓は動いています。ケガの傷も日が経つと治癒します。当たり前でも、偶然でもありません。60兆個の細胞の完璧なまでの素晴らしい法則と美しい調和で生かされています。 人間は、60兆個の細胞でできています。顕微鏡で見ながら、頭の先から、1秒間に5個ずつ数えるとして、数え終わるには、何年かかるでしょうか。100年を4000回かかります。しかも、細胞は、さまざまな臓器となり、素晴らしい法則と美しい調和で、生命を保ってくれています。不思議な世界です。 お母さんのお腹の中で、1個の受精卵が2個になり4個になり、遂には赤ちゃんとなり、おぎゃーと生まれ、ハイハイするようになり、喋るようになる。当たり前のように思っていますが、絶対に当たり前ではありません。偶然ではできません。完璧です。完璧で不思議な世界です。その中で生かされています。 腎臓は120g程度で2個あり、1本の腎動脈が100万本に分かれて濾過装置を作り血液を濾過します。今度は100万本の静脈となって、濾過してできた尿を再吸収し、1本の腎静脈となって帰ってきます。1日に180リットル濾過し、178リットル再吸収し、2リットルが尿になります。驚異です!! 世界と私達の身体については、科学と医学の方法により、科学的、医学的事実として知ります。素晴らしい法則と美しい調和でできています。一個の細胞も作っていません。一回も心臓を動かしていません。太陽も酸素も水も作っていません。私達は、身体と地球と宇宙の3つの調和によって生かされています。 一匹の蚊を殺すことは簡単ですが、殺した蚊を生きかえさせることは、全世界の医者と、全世界の富を投入しても不可能です。命とは、それほど摩訶不思議なものであり、完璧です。偶然でできることではありません。生かされてる医学的事実の世界は、素晴らしくて、とっても不思議です。 私たちは、1個の受精卵から始まり、60兆個の細胞で生きています。素晴らしい法則と美しい調和とかぎりなく優しい大きな生命の世界のなかで、医学的・科学的に生かされて生きています。見つめれば見つめるほど、この世界は不思議な世界です。私たちは不思議な存在です。 私たちは、大きな生命の世界のなかで、医学的・科学的に生かされて生きています。本能から自由になったために、本能で、衣食住と身の安全を得ることができません。そのために、社会を営んでいます。社会的存在価値は、大変大事ですが、私本来の存在価値ではありません。 心臓は、1日に10万回動いています。1回といえども、自分で動かしていません。太陽も、水も、酸素も、自分で作っていません。私たちは、医学的・科学的に、生かされて生きています。素晴らしい法則と美しい調和と優しい世界です。
  • 春なのに不安と不満と傷つく自分です。不安と言っても、傷つくことが不安なのでは? 不満と言っても自分を生きれないから不満なのでは? いずれも存在価値の問題なのでは? 社会的存在価値は衣食住と身の安全を得るもので、多少損失しても大丈夫です。大きな生命の世界の中の存在価値は失われません。
  • 大きな生命の世界の中では素晴らしい存在だと言っても、やはり、社会的存在価値が欲しいです。衣食住と身の安全だけではなく、社会から認められたいです。社会的存在価値は親からのメッセージです。小さい時に、親から認められ、愛を得る方法でした。大きくなっても、心の底では親の愛を求めています。
  • 社会の中で衣食住と身の安全を得るには大変な努力が必要です。その上、存在価値も得ようとすると、人生の危機になることが少なくありません。社会は比較と競争の社会ですから、前進拡大していなくては存在価値は得られません。自分も自分の大事な人も潰してしまうこともあります。解決方法が必要です。
  • 社会的存在価値を得ることが出来れば、衣食住と身の安全が得られます。親が心配して、社会的存在価値の重要性を言うのは当然です。ただ子供は、それが得られなければ、親の愛がもらえないと思います。親を喜ばしてあげたい自分もいます。さらに自分を生きたい自分もいます。豊かな時代の新型ストレスです。
  • 解決はどうするのか。私達は、大きな生命の世界の中で、素晴らしい法則と美しい調和とかぎりない優しさによって生かされていて、衣食住と身の安全を得るために社会を営んでいる存在です。生かされてる医学的事実の世界を知り、丹田呼吸法でそれを実感しましょう。自分も親もこの中で生かされています。かぎりない優しさのなかで生かされています。もはや愛を求める必要はありません。
  • 本当の自分と自分の山は、社会的存在価値の中をどんなに探しても見つかりません。社会的存在価値で得られるものは、衣食住と身の安全です。また、社会は今もなお競争社会です。人との競争です。それは他人の山です。私達は、大きな生命の世界の中で医学的、科学的に生かされています。すでに本当の自分です。
  • 私達は、大きな生命の世界の中で医学的に生かされていて、すでに本当の自分です。しかし古くて厚い衣装を沢山着込んでいます。性格です。性格によって過去に支配されています。過去から自由になることはできません。方法が必要です。頭をカラッポにする丹田呼吸法と生かされてる医学的事実の世界です。
  • プライドを考える時には、人間の存在形態を理解することが必須です。「人間は、大きな生命の世界の中で医学的に生かされていて、衣食住と身の安全を得るために社会を営んでいる存在です」。プライドは社会の存在価値です。プライドを失っても、多少ご飯が貧しくなるだけです。本当の存在価値は無傷です。
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  • 「社会の評価で、自分の存在価値を決める」という方法は、発展途上国であった時には役に立ったかもしれませんが、現在の行き詰った社会では、自滅のシナリオになりかねません。数多くのうつ病の方がいます。その殆どは正常心理です。大きな原因は、この決め方が行き詰まったことだと私は思っています。
  • 本当の存在価値を得ることができれば、プライドは必要ありません。性格分析で自分の性格を明らかにし、頭カラッポの丹田呼吸法でゼロ体験をし、生かされてる医学的事実を理解すると、大きな生命の世界の中で医学的に素晴らしい法則と美しい調和とかぎりない優しさで生かされている自分を発見できます。
  • 衣食住と身の安全の欲求は、ある程度で止まります。10人前も食べられません。病気になります。10人分も着れません。身動きができません。しかし、プライドは、100倍でも1万倍でも止まりません。際限のない戦争の歴史を作ってきました。現在も競争の社会です。自分も人も世界も不幸にしています。
  • 社会の評価を失うと思うだけで、非常に強い不安と恐怖が来ます。客観的に見れば実害は起こりません。しかし、客観的に見ることができないのです。小さい頃の死の恐怖体験と村八分型社会の集団無意識の恐ろしさは強烈です。評価を得られなければ、親と社会から捨てられる、置いていかれるという恐怖です。
  • プライドの意味は誇りや自尊心です。それを社会のなかで得ます。社会は競争社会です。常に人よりも優位にいなければなりません。負ければ、傷つくだけになります。失敗はできません。そんな苦しい生き方をどうして続けるのでしょうか? 親の愛と承認を得るため方法になっているからではありませんか?
  • プライドを喪失したら、「価値のない人間になる。愛してもらえない。仕事もなくなる。自信もお金もない。生きていけない。」と思います。しかし逆です。プライドが高いためにそうなったのでしょう。プライドは自滅のシナリオです。しかし捨てられません。親の愛と承認を得る方法だからではないですか?
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