自分発見の心身医学でキッチンドリンカーをやめれたNさん (50歳代女性) の体験記と解説

  • 第1話
     『学び始めて14年くらいになりますが、学び始める前と、学び始めてもしばらくは、アルコールが無いとやっていけない自分でした。
     飲むと、そんな自分への自己否定で更に過食、飲酒するという悪循環で、身体も心もかなりひどい状態だったと思います。「もう飲まないぞ!」と誓ってもまた飲んでしまう繰り返しでした。
     それが学び始めて、安心感が得られるようになって、ちょっと楽しくなってきて、気づいたらお酒は必要なくなっていました。今も「甘いもの食べ過ぎちゃう」は、たまにありますが。随分元気になったなあ、と思います』。

     私は、「お酒をやめましょう」とは一切申しません。やめようと思ってやめられる人は、私のところにはお越しになっていないはずだからです。意味がないどころか、Nさんのように、リバウンドを繰り返すだけで、逆効果になります。
     Nさんは、キッチンドリンカーのようになり、随分たくさんのお酒を飲んでおられた時期もありましたが、お酒を飲むには、飲むだけの理由があります。その理由を、こころ分析 (性格分析、新型ストレス分析、自分分析、ジェイザ・ファンス分析) を使って徹底的に明らかにしていきます。
     Nさんの飲酒の原因は、「自分を生きたい自分」と「社会適応しようとする自分」との葛藤によるストレスが原因でした。原因がわかれば、根本的な解決方法がわかります。安心感がでてきます。
     自分は異常ではないのか、精神的に大丈夫なのかと不安と自己否定に苦しんでおられたのが、飲むにはそれだけのはっきりした理由があるのだとわかり安心されました。どんなに小さな心の動きにも、心が動くには明確な理由があります。ただ、こころを扱う方法と能力が身についていないだけです。
     Nさんは、「自分を生きれるのではないか」という希望を感じられ、少し楽しくなってこられました。この安心感と楽しくなることがとても大事です。その結果として、お酒は必要ではなくなりました。「頑張ろう!しっかりしよう!強くなろう!」では自己否定が強まり悪化していきます。
     西洋医学・東洋の無・こころ分析の3つを使った心身医学の方法は、多少時間はかかります。しかし、リバウンドを繰り返しているより、一歩一歩進んでいける確実な方法ですし、何よりも人生が豊かになりますね。


  • 第2話
     Nさんは、5年間におよぶキッチンドリンカーから回復されました。何が良かったのでしょうか?
     「頑張ろう!しっかりしよう!強くなろう!」ではなかったことは確かです。本人も、そうしょうと思われて頑張られたのですが、結果は、自己嫌悪と不安でした。お酒を飲んだ後、泣きながら嘔吐されていた日もあったようです。
     それだけに、何が良かったのでしょうか。ご本人は、「安心感」と「楽しさ」と書いておられます。


  • 第3話
     Nさんがお酒をやめられたのは、「安心感」と「楽しくなってきた」からということでした。とっても良かったと思いますが、そう簡単なことではないと思います。
     まず、安心感です。安心感が得られたら、それはとても良いことですが、普通に考えて、安心感は得られるものではありません。
     不安は常にあります。切り捨てようとしても切り捨てられません。自己説得しても駄目です。ごまかしても一時的です。こんな中で、不安から逃れるために、お酒を飲んでいるのですから、どうして、お酒をやめられるのでしょうか?
     私たち人間は、本能から自我に目覚めました。このこと自体が不安です。自我に目覚めたということは、他の人と自分は違うということに目覚めることです。自我が強ければ強いほど、孤立と孤独が広がります。
     また、本能で衣食住と身の安全を得れなくなったので、自分の力で、それらを社会の中で得なければなりません。人間は社会を競争社会にしてしまいました。競争の中で常に不安が深まります。
     さらに、人間は本能の代わりに知性を持ちました。知性は、人間は必ず死ななくてはならないということを認識します。死の不安と恐怖に脅かされ続けます。
     本能から自我に目覚め、競争社会の中で生きていかなくてはならず、最後は必ず死があるという私たち人間にとって、不安はむしろ当たり前です。どうして、この不安の中から安心感を得ることができるのでしょう。
     でも、Nさんは安心感だけではなく、楽しさまでも得られました。

  • 第4話
     『自己肯定感の無い自分でした。「こんな自分じゃダメだ、ダメだ」という焦燥感がいつもあり、「何とかしなくちゃ、頑張ろう!」と、ちょっとは頑張るのですが、すぐに動けなくなって、やる気がなくなって、「やっぱりダメだ」と自己否定を強めるばかりの繰り返しでした。
     自分発見の心身医学に出会って、「人間の存在価値は社会にあるのではなく、大きな生命の世界で生かされて生きてることにあるんだ」と学びました。
     そのことを、はじめて言葉で聞いただけでも、驚きとうれしさで、とても惹かれて学び始めたのですが、それが実感できるようになるには、本当に時間がかかりました。
     身に着けてきた性格の縛りがどれほど強大で強力で、大きな生命の世界が見えない、学べない自分になっているのか、ということも学べば学ほどに実感してきました。今も99%はそんな自分ですが。
     それでも学び続けて、自分の中にあったくて優しいのが好きな自分を発見できて、この自分は好きだ、という自己肯定感を得れるようになってるのだと、思います。
     先日、久しぶり会った娘が「この頃楽しそうや」と言ってくれて、「そうなんやなあ」と思いました。やっとスタートラインに立った所ですが、好きな自分のセルフイメージを育てていけるように、トレーニングを続けていきたいと思います』

     Nさんは、我慢をしてお酒をやめられたのではありません。我慢や精神力では役に立たなかったのです。では、Nさんに何が起こったのでしょうか。たまたまや偶然ではありません。こころはとりとめのないもの、気まぐれのように思っている人が多いですが、こころの動きには必ず理由があります。良いことであれ、悪いことであれ、こころは正しく動いています。それは上記のNさんの言葉が物語っています。

  • 第5話
     Nさんは、自分発見の心身医学でお酒をやめることができたのですが、どのような方法を使ったのかということです。自分発見の心身医学は、西洋医学・東洋の無・こころ分析の3つの方法を使います。
     まず、「身体を活性化して調和させることと、同時に頭をカラッポにすること」が必要です。そうすれば、私たちはこころと身体が一体になって動いてますので、心身相関が良くなり、自分の中にある生命力と充実感が高まります。そのための方法が、坐禅の呼吸法を用いた丹田呼吸法と断食を医学的にしたファースティングです。
     東洋の無の文化は、心身医学の素晴らしい方法を伝えてくれました。この方法がなければ、頭は永遠に過去を繰り返します。過去の不安と不満と傷ついた自分のままで、何とか解決しょうとしますが、それは、Nさんが経験したように自己否定を強めるだけで、余計にお酒が必要になります。
     東洋の無の体験で、過去の縛りが少し緩みます。その時に、こころ分析を用いて、自分のこころの問題を明らかにします。こころの問題が少し明らかになり安心感が出てきます。そうすると無の体験もしやすくなります。そうすれば、さらに過去の縛りが緩み、こころ分析が進みます。こころ分析が進むと、さらに無の体験がやりやすくなり・・・という繰りしで返しで進でいきます。


  • 第6話
    『よくビービー泣いてました。
    何で泣いてるか、自分で分かっていませんでした。
    今考えると、バカにされて悔しいというプライドの怒りが大きく、
    その奥には「こんな自分は嫌や!」という自己嫌悪の怒りもあって、
    でも死の恐怖も物凄くて、怒りをストレートに出すことは出来ず、
    怒りの蓋として泣いて発散していたのかも?と思います。
    そういえば、最近泣いてない、と気づいて、自分でちょっとびっくりです』

     Nさんが自分の心境を書かれた文章ですが、こういうことは結構よくあることです。ただ、Nさんの場合は、決定的に違う点があります。
     よくあることは、たまたま何か良いことがあって改善しただけなので、状況が悪くなりストレスが増えれば、簡単にリバウンドします。
     しかし、Nさんは、もう泣くことはなくなりました。
     頑張って泣かないようにされたのでもなく、切り捨てたわけでもありません。
     生きている安心感と楽しさが育ってきて、気がついたら泣かなくなっていたということです。その結果、お酒も必要なくなった自分になっていたということです。
     西洋医学・東洋の無・こころ分析を学び、それを自分の方法と能力にされたからです。時間はかかりますが、確実な方法と能力を身に付けることは嬉しいですね。


  • 第7話
    『 家人との人間関係は以前からまずくなっていましたが、特に悪くなったのは3年ほど前からです。
     初めの頃は、お互いのプライドとプライドがぶっつかり、不安と不満が反応しまくりで、
     私は、泣くはわめくは、家人は、怒鳴るは物をぶち壊すはで、大変でした。
     原因は、私が家人に求める、依存する自分だったんだなあ、と思います。
     そしてそれは、母との関係をそのまま家人にやっていて、ちっとも本人を見れていなかったからだったんだ、と最近になってようやく気付けました。
     それはカウンセリングで、死の不安は母から来ているもの、というのを確認できたことと、
     やはり何より、優しさが好きな自分を自分の中に確認できたことが大きいと思います』

     Nさんの言葉の続きです。お酒の原因は、家人との人間関係の悪化でした。プライドとプライドの戦い、自分を認めさせようとしたり、認めてもらいたいという欲求、お互いがその状態ですから際限がなく、悪循環が続き、お酒をやめるどころか酒量が増えていきました。このままでは自分の体も家人との関係も破綻です。
     Nさんは、以前から自分発見の心身医学を学んでおられましたが、ゆっくりでなかなか進みませんでした。やっと本気度がでてきました。
     こころの問題は悪化してから急に学ぼうとしても無理です。緊急事態になるとハウツーばかりを求めて、根本を見ることができないからです。ゆっくりでも以前から基本を学んでおられたことが奏功しました。
     そこでやっと、「相手は変えられないこと、まず何が問題なのかその理由を知ること、自分の本心を探していくこと、さらに、それにはカウンセリングと丹田呼吸法を日常生活で続けることが必要だ」という今まで耳にタコが出来るほど聞いていたことを本気で理解されて学び始められました。


  • 第8話
     『あったかくて、優しいのが好きな自分は、1%しかないけど、本当の自分なんや、と気づいた時は本当にうれしく、自分発見の心身医学がある、ということに希望を感じました。
     この好きな自分を生きれるんだ、自分発見の心身医学があるから、と。
     そして、同じように、あったかくて、優しいのが好きな自分を生きたいと、トレーニングしている人たちがいるんだ、ということも嬉しく、この自分でなら人と繋がれることに希望を感じました』

     Nさん言葉の続きです。おとぎ話しのように聞こえるかもしれませんが、そうではではありません。
     Nさんは、生かされてる医学的事実の理解と丹田呼吸法をやりながら、こころ分析を学ばれました。
     自分の問題は、性格から来ているのかを明らかにするために性格分析、「自分を生きたい自分」と「社会適応しようとする自分」との葛藤による苦しみなのかを新型ストレス分析で、本心がわからないことが生きる気力を失わせているのかを知るために自分分析、そして、それらを総合して問題点を明らかにするジェイザ・ファンス分析です。
     そして、ついに自分の中にあたたかくて優しいのが好きな自分を明確に発見されました。ふとした優しさの自分です。
     その自分を生きていきたいと思ったとき、不思議なことに、過去が消えます。不安や不満が消えます。自分の性格も消えます。希望や勇気も感じられるようになります。それを実際に体験されました。

  • 第9話
     『自分発見の心身医学を学んできて、今ほんとうに良かったなあ、と思っていることは「あったかくて、優しいのが好きな自分が、自分の中にいるんだ!」と発見できたことです。
     それが感じられた時は、あったかくて、優しいものに包まれるような感じで、本当に不思議です。
     この自分なら生きていきたいと願える自分に出会えて本当に良かったです』

     Nさんの最後の言葉です。Nさんは、生きたい自分を発見できました。しかも、それがあったかくて、優しいのが好きな自分でした。これは嬉しいですね。
     自分の中にはいろいろな自分がいます。それをこころ分析の中の自分分析で見ていきます。しかし、容易には、自分の本心は見れません。
     性格という古くて分厚い衣装を着ています。本心はその奥にあります。また、「自分を生きたい自分」と「社会適応しようとする自分」との葛藤でぐるぐる回っています。本心はその葛藤の奥にあります。
     それらから自由になるためには、こころ分析と共に、丹田呼吸法によるゼロ体験と大きな生命の世界の素晴らしい法則と調和を医学的事実として理解出来るようになることが必要です。
     Nさんは、それらを螺旋階段を登るように蟻さんの努力を続けられて、ようやく本心を発見されました。
     優しさには、損得のための優しさ、自己投影の優しさ、無条件の優しさの3つがあります。無条件の優しさは、ふとしたものですので、ふとした優しさと呼んでいます。
     損得の優しさや自己投影の優しさには力はありませんが、丹田呼吸法のゼロ体験と生かされてる医学的事実に支えられたふとした優しさは、本当に不思議な力を持っています。過去と性格が消えます。不安と不満が消えます。とりわけ傷つけられた自分が消えます。そして何よりも嬉しいことに、本当の自分を感じられます。
     700万年の人類の歴史の中で、20種類ほどいた人類は次々と滅び、ネアンデルタール人が数万年前に滅びた後は、ホモサピエンスだけになりました。そのホモサピエンスは、社会を共生の場ではなく生存競争の場にしてしまいました。支配する者とされる者の対立を作り出し、核兵器と核エネルギー、極端な貧富の差と環境破壊、さらに今後の人工知能の発達により、存亡の危機に瀕しています。
     なぜ、こんなホモサピエンスが今まで生き延びられたのか、それは何によるのでしょうか。それは、ふとした優しさの自分があったからだと思います。しかし、今のままで今後も生き延びれるのでしょうか。
     ホモサピエンスは、本能から目覚め、知性とこころを持ちました。知性は中立です。問題はそれを扱うこころです。こころは損得とプライドの自分とふとした優しさの自分の混合体です。損得とプライドの自分も、ふとした優しさの自分も知性を扱えます。
     ホモサピエンスは、混合体のままで知性を使い、さまざまな応用技術を生み出し物質的に豊かになりました。そして産業革命以降、知性の生み出した応用技術は爆発的な発展を遂げました。良いものもありましたが、滅亡の危機を生み出しました。
     技術が小さな時代は、無意識的なふとした優しさの自分でもなんとか凌ぐことができましたが、これからは、選択されたふとした優しさの自分が知性を使いこなす世界にならなければ、個人としての自分は勿論ですが、ホモサピエンスは滅亡するでしょう。
     Nさんの姿を見ていて、ふとした優しさの自分があること、その自分を生きたいと思えるようになったことは、Nさんの喜びだけではなく、ふとした優しさの持つ不思議な力と人類の希望を感じさせてくれるものでした。